すき。

すきなものをすきって言いたいだけ

おしまいの気配

イムリミットが近いのかもしれない。
男の子のアイドルは20歳になるまでしか好きでいられない自分の嗜好からしてもそうだし。そもそもライブを楽しむためにしっかりと心づもりをしなくちゃならないだなんて、それは何だかとても不自然なことなのだ。
自分でもなんでこのブログを始めたのかわからなくて、だけど、もしかしてアガセを辞めるために今までの思い出を無意識のうちに整理しようとしているのだとしたら?と思い至ると、それはひどく真実味を帯びているようでゾッとした。これまでの思い出を、あれは最高だ、これは素敵だった、と一つひとつ取り出しては、好きでいられる理由を探して自分に言い聞かせるみたいに文章を綴っている。

代々木第一体育館という大きな会場。
運営側にも本人たちにも思うところはいっぱいある。けれどそれを差し引いて考えても、楽しみたいと切に思っているのに自分の心が思うようにならなくて、くるしくて、公演を見ながら泣きかけていた。

好きでいたい、と願って、焦燥感の中で足掻いて抗ってみても好きではなくなってしまうことって、きっとあるのだろうね。それはまるで、潮が静かに引いていくみたいに。掴んだ砂が指のあいだからさらさらとこぼれてしまうみたいに。

マークの身体性

マクちゃんのCeciの写真たちがとても素敵。(各所で保存した写真貼ります)

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これらの写真に惹かれるのは、きっとマークの身体性が写真に表れているからかなという気がする。

なんとなく、マークって身体的なひとだっていう印象があるのだ。

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這ったり、

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寝っころがったり、

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噛んで銜えたり、

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くるまったり。

故郷のLAでの公演のときも、張り切りすぎちゃって自分のパートでぴょーんっとフレームアウトしちゃうんだよ。めっちゃ可愛い。感情が感情のまま身体に表れてる。


GOT7 JUST RIGHT M! Countdown FEELz in LA 2015

 

身体が身体らしく表現されたものを好む嗜好があって、だから、とかく自由な身体を持っていて、それを隠さないマークちゃんのことも好きだなあと思う。

国技館でステージに立つガッセブンを初めてこの目で見たとき、GirlsGirlsGirlsの間奏での大技を決めて宙をおおきく舞うマークの姿に息を呑んで感動したことをとても覚えている。息が止まるほど美しかった。考えてみれば、そのときからマークちゃんの身体性には惹かれていたのかもしれないね。マークの、軽やかで美しく、気ままで自由な身体性。

 

永遠を願いたくなるガッセブン

あのシスターまでもが歌謡界を去った今夏。わたしたちはKドルに永遠を願えないことをいやというほどよく知っている。

でも、ガッセブンにはときどき永遠を願ってみたくなるんだよ。

 

 

泣いた・・・。7人ともがただ残すためだけの記憶を選んではいなくて、7人が7人でGOT7であったことを思い出すための記憶を残そうとしている。記憶を失くしたって、きっとまた探し出せる、って。

[ 7 or never, 7 or nothing ]っていう言葉をときどき思い出すよ。ワールドツアーのアンコール公演のVCRに映し出されたあの言葉が、やけに強くつよく記憶に残っている。いま話題の三角形のペンダントが、その[ 7 or never, 7 or nothing ]をまさに具現化しているようにわたしには思えてならないのです。一人ひとりの三角形がひとつのヘプタゴンになるのだということがマークから明かされたとき、7人が7人で完全体なのだということを明確に形にしてしまう恐れのなさに驚いたし、少しだけ胸がいっぱいになった。

「천천히 오래오래 가자(ゆっくり長く行こう)」っていうマークの言葉を時にはもどかしく思ってしまうこともあるけれど、でもその言葉のとおり、ガッセたちが7人のまま、永遠を体現してくれたらいいなあ。誰ひとり欠けることなく。ヘプタゴンは美しいヘプタゴンのまま。ガッセたちを見ていると、今まで何度も叶わなかった永遠をこの7人には願ってみたいな、という気持ちにさせられたりする。

 ***

ところでそれはそうと、“記憶をなくした7人が、残された唯一の記憶の断片を頼りにもう一度皆を探し出す”などというSF設定は心から大好物なので、ほんとにこの設定で映像作ってほしくてしかたがないです。ある世界では地球が壊滅状態にあって脱出せねばならないんだけど、脱出するには記憶を消して生まれ変わらなきゃいけないんだよ。残せるのは、たったひとつの記憶だけ。それで、最後の日に、ガッセたちは「大丈夫、きっとまた探し出せる」って祈りながら、自らの手で記憶を消すの。ボムくんは、俺が皆を必ずまた探し出すから、って最後に言い残すよ。それで、彼らは記憶をなくしたことさえ知らずに生まれ変わって、ユギョムはダンサーを目指していたりヨンジェは音楽療法士になってたりするんだけど、わけのわからない強烈なイメージの記憶が頭の中にずっとあって、それに苦しみながらも7人は少しずつその記憶の正体に近づいてゆくよ。そんで、あのヘプタゴンを形成するペンダントが7人を再会させる道しるべになるのだ!・・・こういうMVかトレーラーかコンサートのVCR、まじで作ってくれないかなああTT ガッセたちが儚さや危うさの気配をまだ十分に残しているうちに!