すき。

すきなものをすきって言いたいだけ

「東京」と、ベンベンのあの映像

サカナクションのライブに行ってきた。にわかの超ライト層なので語れることは何もないのですが、「ユリイカ」のときに流れる東京の風景をモノクロで映した映像がすごく好きです。そういえば、最果タヒの『きみはかわいい』という詩が好きなんだけど、それも東京のことをうたった内容で、そういうわけでどうやらわたしは所謂モチーフとしての「東京」というのが好きみたい。地方民の戯言だとは思うんだけど。

だから、代々木公演のアンコールの冒頭で、光が線になって流れてゆく夜の道路とその果てに佇む東京タワーの映像を見たとき、それはまるで東京ひいては日本の象徴みたいに映っていて胸がすこし熱くなり、もしかしたらベンベンが作った映像なのではないかなと直感してドキドキした。わたしは、好きになったアイドルに対して「どうかあの子の見ている世界がしあわせに溢れていますように」などというポエムじみたことを至極真剣に願ってしまうタイプのきもちのわるいオタクなので、あの映像はベムちゃんから見える世界を覗き見したみたいで、妙な感激があった。この公演のために準備された彼らのクリエイティブな部分を見られて安心もしたし。(そもそも全編にわたってクリエイティブであるはずのライブにおいて、そんな些細なことに安心感を抱かざるを得ないという状況はむなしくもあるけれど。)

 ジニョンくんが「ベンベンさん主演ですよね!?(僕はどこ?)」とチクリと言うくらいには、確かに“ベンベンのPV(feat.ユギョムとマーク)”ってな仕上がりではあったあの映像。しかし、アンコールのMCで自作の映像について「恥ずかしいですね~」と言うベムちゃんったら、いかにもくすぐったげな表情を浮かべていて、それはまるで慣れない称賛を一身に浴びせられる幼い子どもみたいな素振りで、もしかして褒めてもらえることはわかりきった前提なの…!?と思って、それがすごいおもしろく感じたし、いじらしくて可愛くもあった(と言ってまた甘やかす)。自分が作ったものを披露する照れくささはあれど、アガセの反応がどうであるか心配するような様子には見えなかったんだよ。うーん。さすがベムちゃん。きみが王様だ。世界はぜんぶきみのものだよ、って言いたくなるような、そんな感じ。

代々木公演について考える

  SCツアーの初日から代々木公演までに感じていたことを一言で表すなら、それはたぶん「失望」だ。やっつけ仕事なライブへの深いふかい失望。

 

ソウルコンの初日を観た帰り道、わたしたちは口々にこんな風に言った。日本のFly公演ではきっと女装はしないよ、ユニット曲だってやるかどうかわからないし、活動曲はきっと日本語詞でやるはずだよ。日本公演ってそういうものだと思ってた。けれど、ガッセたちはわたしたちのそんな諦観を華麗に裏切ってみせた。ソウルで見せたのとまったくおんなじセットリスト。さまざまなビジネスの思惑で自由ではないはずの日本で全曲をそのまま韓国語で披露した彼らをほんとうにすごいと思った。自身らが作り上げたものに対するプライドや、それを貫きとおすことのできる彼らの誇り高さを感じた。

だからこそ、SCツアーのその場しのぎのセットリストはわたしを激しく失望させた。彼らの音楽性やそれに対する誇りを信じ切っていただけに、ライブという歌手としての本質的な場をないがしろにされて、裏切られたと思ったし、ライブという最高の場所を軽んじられたと思った。そして、代々木公演だってそのSCツアーの延長線上のものだってわかっていたのに、わたしときたらまたしても期待をかけてしまっていたらしい。ARENA SPECIALという名称に、代々木競技場第一体育館という大きな会場に、SCツアーが始まってから2か月もたっているということに、タイ国内のツアーをやり遂げた彼らに、性懲りもなく期待して、もう一度信じ、また裏切られた。SCのときと大差ないセットリスト、小手先の変更、大きな会場をまったく生かす気のない演出や構成。ニガハミョンなんて1年半も前にやった演出と同じものを見せられて、呆れたよ。

彼らが忙しすぎるせいでそういうことになってしまうのは、わかる。だけど、ガッセたちは自身のその場しのぎの仕事に対して、後ろめたさとかもどかしさとか、それほど感じていないように見える。だって、そうじゃなきゃ、東京ドームなんて口に出せないでしょう? 代々木公演のことを「当たり前だと思いません」と声を大きくして真剣に伝えてくれたジニョンくんの言葉も、わたしには上滑りして聞こえた。きみたちは、このライブに満足しているの? だとしたら、とんだ自己満足に思えて仕方がないよ・・・。

SCツアーのときは、裏切られた思いを抱えながらもなお「ガッセのライブが楽しくないわけがない」って頑なに信じようとして、“ガッセたちを見られるだけで嬉しい”という気持ちを持とうとした。そうすることがアガセとして正しいと信じて。だけど、わたしがガッセのライブを初めてこの目で見た日からは、もう3年以上経つんだよ。見られるだけで嬉しい、なんてそんなの無理だ。ライブが楽しくない原因を、もう自分の中だけには求められなくなってしまった。

加えて、3年以上経ってもなお彼らがライブ中の振る舞いという点に関して大して成長していないことを思い知らされたのもつらかった。わたしたちがマンネたちを真剣に見つめるようになったのは2014年のJYPNationのときからで、そのときわたしたちはあの子たちに対してすこしがっかりしたのだ。「あの子たちは、会場のスタンド席をちっとも見ようとしないね」って。でも、それは当時のあの子たちが17歳で、デビューしたばかりで、大きな会場でのライブの経験もないからで、しかたのないことだった。だけど、あれから3年経った今でも、わたしたちは同じことでがっかりしなくちゃならないの? 失望はすさまじかった。

 

 J.Y.ParkPDがしばしば言う「初心を忘れないガッセブン」という言葉が嫌いです。いくらそれが初心のように見えようとも、3年以上の時間とあらゆる経験を過ごしてきてしまっている以上、それは本物の初心であるはずがないし、そもそも初心さえあれば粗削りでも未熟でも許された時期はとうに過ぎ去って、初心などで褒められることなどなくても当然なはずなのに。

 

 だからもう、秋の全国ツアーという最後の告知には茫然として、一切何も考えられなくなってしまった。ペンミならまだしも、ツアーなんて。もう気持ちが保たない。そう思った。11月は忙しくしているらしい相方ちゃんが、それでも「一緒に入れる公演がないのはやだなー」と言ってくれて、だけど、それを聞いたらあまりにもかなしくて涙がぼろぼろこぼれた。わたしも会いたいし、一緒に入りたいよ。アガセのみんなに会ってはしゃぎたいし、全力で掛け声をして、飛び跳ねて、ガッセのこと好きだなあって思いたい。でも、今のわたしは、どうしてもガッセを見に行きたいとは思えない。 

それこそJJprojectを贔屓にしていたわたしは、GOT7のデビューが公になったときからわくわくして、ガッセたちを見たいなあ、聞きたいなあ、見に行きたいし会いに行きたいなあ、ガッセのことが好きだなあ、とずっと思い続けてきた。その気持ちをこんなにもあっけなく失ってしまったことが、かなしくてたまらない。

もしかしたら、そんなこともそのうちあっけなく忘れて、けろっとした顔で、あたかも会場にいるどのアガセよりもガッセたちのことを好いていそうな振る舞いでまた現場に足を運ぶようなことになるかもしれない。だけど、代々木公演を見ながら、失望に耐え切れずに人知れず泣いて、わたしは「もうガッセたちに期待をもったり、夢をかけたりするのはやめよう」ってはっきり思った。それなりの天下を掴んでほしいって思って応援してきたけど、そうやって夢をかけるだけの価値を彼らに見出せなくなってしまった。もう、期待して、傷つきたくない。まるで、大事にだいじにしていたたからものをグシャリと握りつぶされてしまったような気分。自分勝手な言い分だけど、わたしはほんとうにすごくかなしい。どん底に落とされたみたいな気持ちだよ。

 

渦中を離れる

まるで何かが起こることの不穏を自分の直感が予感していたかのようだ。

だって今、確実に何かが起ころうとしている。

きっとこれからファンたちもいろいろな動きを起こしたりする事態になるかもしれない。だけど、KARAの日本へ来る前から最後までを見届けたわたしは、どんなに大きなファンダムがひとつになって抗ってもおおきなおおきな流れは何ひとつ変えられなかったというあの無力さを思い出している。

わたしは少し渦中を離れるよ。くやしくても、かなしくても、ただありのままを見つめることしかできないのだから、せめて穏やかな状況でそれを見ることにするよ。なんだか最期を受け入れるような気持ちだね。